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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)6436号 判決

原告 山田治

右代理人弁護士 大政満

同 鈴木亮

被告 株式会社ちもと総本店

右代理人弁護士 金田哲之

同 小町愈一

主文

被告は原告に対し金十二万五千円及びこれに対する昭和三十二年十月九日より完済まで年六分の割合による金員を支払うこと。

訴訟費用は被告の負担とする。

本判決は仮に執行できる。

事実

≪省略≫

理由

原告が、その主張のとおりの約束手形を所持することは当事者間に争いがない。そして被告は、右約束手形は、訴外加藤富造が被告代表者印を盗用して偽造したものであると主張するので、この点について判断する。

成立に争いのない甲第二号証及び証人加藤富造同岩松五良の各証言を綜合すると、次の事実を認めることができる。

(1)  被告株式会社ちもと総本店は、昭和二十四年十二月二十四日それまで訴外加藤富造が個人企業として経営していた菓子製造販売業を会社組織で経営する目的で、設立した会社であり、ちもと菓子店の創始者である松本長三を名義上の社長(代表取締役)に迎え、加藤が専務(代表取締役)となり、実質上の中心となつて経営していた。

(2)  ところが、被告会社は昭和二十七年頃から経営不振に陥り、莫大な債務を負い動きが取れなくなつたので、債権者と会社側の協議により会社の経営を債権者の管理下に置くことになり、昭和三十年七月十五日債権者の代表者として鈴木強三郎が、代表取締役に就任し、松本長三は退任し、加藤富三は代表権を失い、平取締役になり、もつぱら営業部門だけを担当することになつた。そして加藤の仕事は営業(販売)関係に限られ、他の事務、特に経理関係の事務に関与することは、鈴木から厳重に禁止されていた。経理関係は他の取締役天野茂雄が担当して同人が社長印(代表者印)を保管していた。

(3)  しかし、代表取締役となつた鈴木は会社には自らほとんど出勤せず、月一、二回代理人を派して経理を鑑査するにとどまり会社の通常の仕事はすべて、加藤ほか五名の取締役に任されていた。そして他の取締役は、いずれも加藤とは個人商店時代から主従の関係にあつた者で、しかも被告会社の店舗兼事務所は、加藤の居宅をそのまま使用していたものであるから、前記の債権者による監督の関係は、自然弛緩したものにならざるを得なかつた。

(4)  前述のとおり、被告会社の代表者印は経理担当の取締役天野茂雄が保管し、天野はこれを店の手提金庫(加藤の証言によれば鍵が壊れていてかからなかつた)に入れて置いたのであるが、夜間はこれをそのまま加藤に預けておいた。従つて加藤は、少くとも夜間は、右の代表者印を自由に使用できる状態にあつた。

(5)  昭和三十二年五月、加藤は中小企業金融公庫から金融を受けることを企て、その必要上、同月二十一日自ら代表取締役に就任した旨の登記をした。

但しこれについては正規の取締役会を開いて決議したものではなく、代表取締役鈴木には相談もせず、他の取締役の事後承諾を受けたに過ぎない。

(6)  その後昭和三十二年七月八日、加藤は前記の代表者印を使用し、代表取締役鈴木強三郎名義で、取引先である片桐印刷所宛に本件約束手形を作成交付したものである。

そこで本件手形作成当時における加藤の代表権について考えるに、(5)において認定したとおり、加藤が代表取締役就任の登記をするについては、正規の取締役会の決議を経ておらず、従つて加藤が代表取締役に就任した事実はないのでるから右の登記は不実の登記であるといわねばならない。然し加藤が右のような登記をしたのは、結局前記(3)(4)において認定したとおり代表取締役鈴木が自らその業務を執行することなく代表権なき取締役加藤及び過去において同人と主従の関係にあつた他の五名の取締役に、業務の執行を事実上一任し、取締役の一員である天野に代表者印を預けたままその監督を怠つた業務執行上の懈怠、即ち過失に起因するものと認めざるを得ない。従つて、右の不実の登記は被告代表者の過失によりなされたものであるから、商法第十四条により、その不実なることを以て善意の第三者に対抗することができない。

そして原告が本件手形を取得した当時この点について悪意であつたことを認むべき証拠はないから、加藤は、善意の第三者たる原告に対する関係において、被告の代表取締役としての権限を有したものといわねばならない。

すなわち、加藤は被告の代表取締役たる資格において本件手形を振出したのであるから、その際他の代表取締役である鈴木強三郎の名義を使用したとしても、その代表行為たる実質において変りなく、これを無効な偽造手形ということはできない。

そして、右に述べたところにより成立を認められる甲第一号証の一、二によれば、本件手形が有限会社片桐印刷所から原告に裏書譲渡され、原告が呈示期間内に支払場所に呈示したところ支払を拒絶されたことが明かであるから、被告は原告に対し本件手形金及びこれらに対する支払期日以後支払済まで手形法所定の年六分の割合による法定利息を支払うべき義務がある。

よつて原告の本訴請求は全部正当であるから認容し、訴訟費用及び仮執行の宣言について民事訴訟法第八十九条、第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺均)

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